2015年末のご挨拶、ここのところの心境について。

いつの間にやら2015年もいよいよおしまいに近づいてまいりましたね。みなさま、今年も一年、音吹をご愛顧いただきどうもどうもありがとうございました!

農の世界に飛び込んで10年、農家として独立・新規参入して7年?8年?あっという間ではありましたが、園主にとってこの2015年は特に思い出に残る一年となりそうです。

夫婦を中心に、お手伝いとして人の手を借りながら農を営んできましたが、2年前からその限界に直面。野菜はまだまだたくさんの人にお届けしたい、けれども次男も生まれて妻は育児に時間を割かざるを得ない、そんな状況をどのような形で乗り越えるか。

規模縮小?あるいは雇用?他にも選択肢はあったのかもしれませんが、いかんせん頭のよろしくない園主、この二択しか思い浮かばず、後者を選択することに。チーム音吹として、縁あった人たちにスタッフとして参画してもらい、音吹をリスタートさせました。

ところが、もともと人づきあいはヘタクソですし、経営のノウハウなんてさっぱり。助けてもらうつもりで雇用に踏み切ったものの、配慮不足が山ほどあって、どうすればいいのか分からない。とにかく情けないけど、考えに考えて、悩みに悩んで、そして、あぁこれが自分のできる限界なんやな、と受け入れられるまで、二年間。ようやく、なんとなく壁が見えてきたなと実感。そこが見えて、そして、ではその壁をどうするのか、というところです。見えなかったら…まったく前進することなく一昨年と同じ結果に終わるところだった。

とにかくもって…。

継続・退職問わず関わってくれたスタッフには、申し訳ない慙愧の念と、そして両腕に抱えきれない大きな感謝の気持ちでいっぱいです。

面と向かって言うには恥ずかしいから、この場を借りて(借りるなよ)…心の底から、ごめんなさい、そして本当にありがとう。何より奥様、ありがとうゴニョゴニョ…。

音吹はやっぱり環境に配慮した野菜をたくさんお届けしたい、そんな農家です。

世の中には…かなりマクロな単語と捉える方も多いと思いますが、《地球》のことを考えて、土とともに心豊かに・丁寧に生きる人たちがたくさんおられます。ですが、そうした人たちは、たとえば大量生産や合理主義とはまた違った価値観を大切にされる方が多く、たとえば結果として野菜であるならば、その生産量は決して多くなかったりされます。

そうした人たちに魅力を覚えつつも、自分にはその生き方は無理だと決めてかかっておりました。人生を考え直すような大きなターニングポイントもなく、どこか資本主義の世間の中でフラフラとしておりますし、またそれで構わないや、とやや及び腰なところもあります。

それでも、土とともに心豊かに・丁寧に生きる人たちのことを、激しく嫉妬しつつも、それ以上に強くリスペクトしているんです。

音吹は、野菜をたくさんお届けすることで、そんな人たちへの間口として・そんな人たちにつながるキッカケとなれれば、そんなふうに思いながら営農しています。これは農に関わろうと思った頃からのアイディアなのです。

だって、もったいないやん!そんな素敵な人たちがこっそり(しているわけではないでしょうけれども笑)とマチから離れたところにいらっしゃるなんて!

ようやくですね。

ぼくの農のやり方は、ほんとはこんなふうにやりたいんだ、だってそれが素敵なんやもん、けど自分には無理やしー、って卑下してたところを、しても仕方がないなぁと。その上で、自分のスタンスをしっかりと手にし直して、それでもって気に入ってくれる人はありがとう、そうでない人は、そうだね仕方ないね、って、受け入れられるようになったと言いますか。

うちの野菜を間口に、キッカケに、踏み台にして、その先にいる、土とともに心豊かに・丁寧に生きる人たちを見てみて!

これが音吹です。

そんなグズグズなぼくたちを、いやグズグズなのは園主だけだな、とにかくチーム音吹と野菜を、気にしてくださって、皆さまほんとにありがとう~(^^)

そんなこんなを受け入れられた、とても心に残りそうな一年なのでした。

農家は毎年、気候などの状況による少しばかりの変化はありますが、季節に身を委ねる生業です。一年のある時期には、その前の年とだいたい同じことをします。

 

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『そしてまた、種をまく。』

ここ最近のぼくのテーマ。

先祖代々、子子孫孫。

脈絡と受け継がれてきたこの営みは、個を越えた、もっと大きな何かしらの価値観を内包しているように思います。

個にして全、全にして個。

《地球》のために何ができるか。大きな功績は別にいらないんだよな。農家として、同じことを年々変わらずに続ける。

それでええわい、とそう思うのです。

 

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(写真は大原の素敵な古道具【ツキヒホシ】さんより拝借!音吹のビーツについてのポストに飛びます)

 

ありがとう。

皆さま、よいお年をお迎えください。来年またね!

スタッフで忘年会、哲学の道沿いmonkにて。

20日日曜日、大原は凍てつく寒さでいつもの朝市からスタートし、お昼前には仕事を切り上げ、チーム音吹の面々で忘年会をしてきました!

場所は京都は銀閣寺近く、哲学の道沿いにありますオープンしたてのお店、【monk】。窯焼きピザのお店です。

 

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【エンボカ京都】の立ち上げからシェフとして参画され、その後フリーの料理人として各地でケータリングをなさってきた今井さん。音吹にも畑に足しげく通ってくださっています。おそらく、スタッフ面々以外に、大原のいたるところにある音吹の圃場各場所に一番詳しくいらっしゃるのではなかろうか(^_^;)ほんとお世話になっています。

今井ご夫妻の、きっといろんな思いが結実した、とても素敵なお店でした!

 

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たくさんの開店祝いとオシャレな外観!誇張でなく、世界中のたくさんの人に愛される彼らの人柄、さすがですねぇ(^^)

 

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ナポリから輸入されたという美しい窯。

原始的な火を操り、料理に命が宿ります。かっこいいなぁ。

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店内の随所からシンプルながらもセンスの良さが。いつも畑で出会う今井さんの野生を見ていると、こうして清潔感漂う店内に一瞬の違和感を覚えますが(笑)、様々なシーンで様々な人々と交流しつつも、芯にある部分を大切にぶれずに磨き続ける彼の思いが店内に凝縮され滲み出ているのでしょうねぇ。

 

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こういうお心遣い、ホントに嬉しい!音吹へのメッセージが…(T_T)

オープンしたてで、きっと予約のお問い合わせが山ほどあったと思う年末の日曜日に、無理を言って真昼間から(営業は現在夜のみなのに~)貸し切りさせていただきました。ありがたやー。

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かんじんのお料理はいわずもがな。

忘年会に合わせて、いつものmonkメニューとは違った大皿をバッシバシと出していただき感謝感謝!

我が家でもよく素揚げはしますが、やっぱり薪の火で、石窯で焼いた料理は美味しいなぁ。

なんとメインのピザやポトフ他は写真撮り忘れ!!!

それというのも、今回の忘年会。チーム音吹が昨年田んぼでお世話になって公私ともに仲良くさせていただいているご夫妻もお呼びしたのですが、そのご夫妻お酒のエキスパートでワインや日本酒を彼らのセレクトで持ち込み、呑んで食ってと舌鼓を打つほうに夢中になっておりまして。ようするに酔っぱらっておりまして…(^_^;)

とにかく楽しく酔えましたー。

園主はともかく、スタッフは日々の作業に追われて、なかなか野菜を扱ってくれるお店や買ってくださる人と出会うタイミングが多くあるわけではありません。

どうしても今回は、スタッフにも野菜や野菜を扱ってくれる人の姿をより直接的に感じてほしいこともありました。いやいや素敵な時間を過ごせました。

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記念撮影にはまさかのサプライズ訪問で尊敬する人も一緒に!ウガンダで活躍中のお二人、びっくり、会えて良かった(^^)v

英気を養いました!

スタッフ一同、これからもがんばりますー、年末までぶっとばすぞー!

 

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【monk】

606-8404 京都市左京区浄土寺下南田町147
Tel: 075-748-1154
Mail: restaurantmonk@gmail.com

Dinner : 17:30~20:30 (L.O)
Lunch : Coming soon
Sunday breakfast : Coming soon
月曜定休

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畑のある暮らしwith息子。黄金カブ収穫開始!

雨降りの午後、大原は相変わらず12月とは思えない暖かい気温ですよ。まだ軽トラックのタイヤは夏タイヤのまま。ほんとに履き替える必要あるんかいな…と疑問符がつくほどです。でもそろそろ寒くなるでしょうね、というか野菜にとってはしっかりと寒くなってもらわないといけませんね。

ここのところは毎朝4時から仕事、夜も配達のある日は、終えて帰ってきたら20時頃、なんて日が続いています。一日まるごとの休日はお盆頃からとってないなぁ。お休みもしたいけど、なんだかんだ言って、野菜がまだまだ残っているこの時期には畑にいるほうが落ち着きます。ヘタに休むと感覚が狂いますもの。それにね、小さい小さいとは言え事業主、勝手気ままに自分のペースで仕事をしますし、ほんと楽なものです。楽だけじゃなく、楽しいですしね。

加えてね、こどもが休みの日には一緒に収穫に勤しむこともあるのですよ。

 

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長男くん5歳。

様になってきたね。にんじんの収穫、わりとしっかりと助けになりました。できるかなののっぽさん曰く、「自分が一番賢くて鋭くてきれいなときはいつかと考えると、5歳。」だそう。賢くて鋭くてきれいなとき…美しい表現だな。

忙しい毎日を送りながら彼への対応がぞんざいになって悪かったなぁと思うこと、あります。その時のこいつの悲しげな顔は、お父ちゃん忙しいから仕方ないと、見透かし受入れている顔なのだろうと、後になって振り返り思います。

ほんとにいったいどっちが育てられてんだか…(^_^;)

彼は、放置されることも多いけど、身体や心を形作るもとである野菜を日々食べてること、その野菜は父ちゃん母ちゃんが育ててるってこと、そのあたりを分かっている様で、それはとても嬉しいこと、この上ないことですねぇ。

どのくらい力いれたらにんじんを上手に引っこ抜けるのか。あっちの畑のにんじんは簡単に引っこ抜けたけど、こっちの畑は引っこ抜くのにとても力がいる、そんな機微まで、土のにおいと一緒に感じ分けてくれてるかな(^^)

 

さ、そんな日々を送っていますが、この暖かさで野菜の生育が不安定です。

大原は明け方には氷点下、したがって野菜の味はボケることなく甘味旨味を凝縮しつつありますけれども、とは言え日中はしっかりと暖かい。

 

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種蒔き時期が遅すぎて諦めていた黄金カブが育ってきています。

いやもう絶対間に合わないと思ってた、この気候に助けられましたね(^_^;)

表皮が黄色、中身はクリーム~黄色ってところ?煮崩れしにくい、しっかりとした肉質のカブです。

日本のカブは生でいけるほどジューシーなものが多いですけど、こいつはしっかりと煮込んで食べるのに適したカブ、というイメージなのでしょうか。ポトフなど、これからの季節には良さそうですよ。とは言え、サラダにしてもgood!と、web情報ではちょこちょこあがっている様です。

春栽培のものはかなり無理のある育ち方をしていたので本領は見えてきませんでした。こいつらはどうだろう、実はまだ食べていません、楽しみ!また次回、レポートしましょう(^^)

それでは皆様、またね!

 

ビーツについて。

今日は朝市の後、ハピネス三茶さんの【らぶりぃマルシェ】でしたが、どうしてもやる必要のある仕事が出てきて、ディスプレイだけセットしてマルシェは嫁さまにおまかせ、大原にトンボ帰りして暗くなるまで畑の中。あー、疲れたー(*_*)

年末、忘年会シーズンに向けて、ここのところ野菜の動きが非常に活発です。

動き始めの10月下旬頃は、出来の良くない野菜をさわって、どんより落ち込んだりもするのですが、日常の忙しさの中に身を委ねながら、いいところも悪いところも・出来不出来も全部スッキリ受け入れて前を向いて畑に向かえるようになるのがこの師走頃から、といった感覚でしょうか。分かりにくいね、完全に個人的な感覚の話ですね…(笑)

どの野菜にも愛着があるのですが、ここのところよく話題にあがるのが、やっぱりこれ。

 

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ビーツです(この写真は昨年のもの)。

冬の音吹の代表格と言えば、ビーツ!から、ここのところは、ビーツと言えば音吹さんが持ってる、ビーツつくってる人が大原にいる、などなど、最近そんな噂が流れているらしく、ちょこちょこお電話をいただきます。

「○○さんからビーツつくってるって聞いたんですけど!」

おっと、すいません!ぼく、その○○さん知らないッス!そんな具合(笑)ほんと、これはとてもとてもありがたいことなのですー(^^)/

4年ほど前から育てているこのビーツ。缶詰のビーツを想像している方はちょっとびっくりするくらい、生のビーツの甘味旨味に感動できると思いますよー、どこかで探してぜひ食べてみてください!

栽培の勘所と言いますか、ここ外さなければ大丈夫、というポイントが去年バシッと見えて、今年は一時期焦ったりしたものの、終わってみれば(まだガンガン収穫中ですけど!)問題なく収穫に至っている、いやむしろ過去最高の出来栄え、といった今年のビーツです。

栽培している時に、なぜその野菜、うまくいったのか。あるいはうまくいかなかったのか。その理由がうまく説明できる時はいいです。できない時は、調べて推測して尋ねて考えます。その繰り返し。理屈、理論、哲学。それらはとても大切なことですけど、野菜に説得力がなくそれらだけが先行していることが、独立したばっかりの頃、実力がまるで伴っていない頃によくありました…恥ずかしー((+_+))何はともあれまずはモノがしっかりとしていないと、誰にも何も伝わらない、と口先だけ喧しい自らを強く恥じ入ったもの。どうしても、お山の大将で、頭でっかちになってしまう生業なので、常日頃そうならないように自戒するようにしています。(今も、時にはそうなって、そしてよく後悔しています)

で、ビーツの話ですが…(^_^;)

 

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《ビーツについて》

ホウレンソウの根っこの味を想像してくださいね。土臭い中に甘味がギュッと濃縮されているあの根っこ。あんな感じです!

よくよく見るとホウレンソウの根っこの断面も、このビーツと同じように年輪刻まれています。

ビーツはアカザ科の野菜で、北海道でつくられている甜菜糖のもと、ビートとは違います。同じヒユ科、アカザ科で、ビートから、根を食用とすべく特化・派生したのがビーツです。

《ビーツの色素》

非常に強い色素はアントシアニンではなく、ベタシアニン。このベタシアニンを分解する酵素、持ってる人と持っていない人がいて、持っていない人は便が真っ赤になります。何の問題もないですけど、ビックリしますわな。

このベタシアニンは、染料としては今一つらしく、昨年大原の柿渋染め屋さん【みつる工芸】さんに染めていただきましたが、洗うと色落ちしていくのだそう。

《ビーツの調理》

ボルシチがとにかく有名ですけど、じゃがいもと一緒にポテサラにするとピンク色のポテサラが。またじゃがいもと一緒にポタージュにしても、とても美しい色合い。ピクルス、マリネなんかも美味しいし、素揚げやローストもオススメ。意外にもチョコレートと合うので、妻はビーツの時期によくケーキにビーツを練り込んでつくってくれます。

《在圃性・保存性》

農家にとってありがたいのは、まず在圃性(ざいほせい)が高く(畑に置いていても品質にあまり劣化がないということ)、寒さに強いという点。冬中収穫できます。

そして食べる人にとってありがたいのは、保存性の高さ。一週間ほどは大丈夫!という記事を見ますが、一週間くらい屁でもないですね。ビニール袋に入れて冷蔵庫でしたら一ヶ月くらい訳ないです(※収穫時の状況によっても変わります!)。ちゃんと保存したら半年以上保つんじゃないですか、試したことないけど(^_^;)

とにかく頑強な作物、といったイメージです。

《栽培について》

栽培においては、大原の気温ですと、8月下旬種蒔きが適期です(今年は8月24日播種)。9月に入ってから蒔くと、その年の気候にもよると思いますが、程良いサイズにまで育ちません。かなりスカスカの株間で種蒔きすること。密植だと大きくなりません。葉がかなり茂るので。今年は株間6cmで蒔きましたが、その後幼苗のうちに乾燥でバタバタと倒れて、それが結果として程良い株間になって良く育ってくれました。…ちなみに、言い訳くさいけど、この密蒔きは間引きで早々からビーツを収穫するために密に蒔いたものだったはずなんだけどな…(笑)

最初の草とりを徹底的にやります。9月上旬。ここを外すと大きくなりません!ビーツは初期生育が緩慢なので、この時期から生える草に負けてしまいます。あとは放置。必要と余裕があれば間引き。そんなところです。ちなみに春蒔きでも栽培可能ですが、初期生育の緩慢さのせいで勢いのある春の草にすぐにのみ込まれてしまいますので注意!!

今年は11月かかりから収穫しましたが、10月中下旬からサイズはややこぶりながら収穫できました!

 

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そんなところです。

ビーツ。キオッジャ地方のしましま、年輪、うずまきビーツも栽培しています。黄色はしていないんだな。いずれもっとビーツは種類増やしていくつもりです(^^)/

ではではまたね!

志半ばに急逝された農家さんを偲ぶ。

友人の農家さんの、そのまた友人の農家さんがお亡くなりになられたとブログなどで知る。

新規参入された有機農家さんで、ある地域のリーダー的存在だったそうだ。

ぼくはその方のことを直接知らない。だけど今朝その情報を仕入れてから、その方を偲び、いろいろと思いを抱いている。

 

人はいずれ死ぬ。見ず知らずの人の死に逐一心を痛めていたら、身体や心が悲鳴をあげて何も動けなくなってしまう。それでいい、とは思わないけど、情報を意図的にか無意識にか遮断することで、想像力を放棄し思考を麻痺させることで、現実的に日常生活を送り続けることができるのだろう。

その方のことを直接は知らないけれども、同じように農業を志し、新規で参入してこられたであろうその立場、地域の農業事情をリードし、これからさらに進んでいこうとされる、そんな状況だったことを思うと、その方の死に寄り添わざるを得ない。

この世に残していく大切な人がいたのだろうか。その方の意思を継ぐ人はいるのだろうか。何を思い、農業の世界に飛び込まれたのか。何を糧に、そして何を残すために、農業を続けてこられたのか。

何のために生まれて、何をして生きるのか。答えられない人がたくさんいる中で、その方はポンと答えることができたはずだ。

いつ死んでもいいなんて言えるような、そんな充実した、やり切った人生だっただろうか?幸せだったには違いない、だけど、やりたいこと、やり残したことが山ほどあったはずだ。あるいは、浮世離れして、欲も何もない、輪廻転生を信じるような聖人君子みたいな人だったのだろうか。泥臭く、人間味溢れて、喜び怒って、哀しみに浸って楽しく笑って、そんな温度のある、優しい顔の農家さんだったに違いない。

無念だったろう。

 

出会ったことのない農家さん、ご冥福をお祈りいたします。どうか心安らかに。

 

こうして今、生きて畑と向きあっている日々に感謝して、その方が思い描いていたであろう何かしらは知らないけど、やりたかったことを想像して、それを勝手に背負ってまた畑と向き合っていこう。

 

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